- 2008年3月13日 13:50
- news
「方法論と心中するかって考えると、僕が音楽をやりたい根本にあるのはそういうことじゃない」
●なるほど。初期のpasadenaってアプローチの部分にも重きを置いていたと思うんですね。積極的にエレクトロニカの要素を取り入れつつ、楽曲の構築においても自分自身でスクラップ&ビルドしていくようなやり方をしていた。それがダブとの親和性にも繋がっていたと思うんです。でも、この『encontro』というアルバムでは1人で制作するというより、楽曲の作り方自体をバンドでやるようになった。音もレイドバックしていると言うか、凄く素直な指向性になっていってると思うんです。今回のアルバムを聴かせてもらって、その変化って何でなんだろうって思ったんですね。これは今という時代に音楽を作ることと関係してくるのかなって思うんですけど…。
イシモト:なるほど。それは何々っぽくしようという意識せずに作品作りをするって事?●新しい方法論を生み出すというのも個性だと思うんですけど、それがいつまで続くのかって思うんです。もちろん方法論っていうのはテクノロジーの進化ともシンクロしていると思うんで、この先に何が起こるのかは分からないんですけど。でも発想としての方法論は出尽くした感じがしないでもない。じゃあ、そこから何を作るのかってことは多くの人が考えているのかと思うんです。それはイシモトさんも同じだろうと思うんですよ。
イシモト:なるほどね。答えになってるかわからないけど、僕の場合は音の強度みたいなところをすごく意識するようにはなったね。それは楽曲もそうだし、楽器の1個1個の音でもダブのエフェクトの音でもそうなんですよ。ちゃんとした音を鳴らすっていうことは凄く考えた。それは何でかと言うと、結局はスタイルとかメソッドっていうのは、オリジネイター以外は結局ブームだと思うんですよ。流行り廃りっていうのがある。今だったらNEW RAVEみたいなのが流行ってるわけでしょ? よくわからないんだけど(笑)。まあ、時代によって流行りはあるわけだよね。でもその中で残っていく人っていうのは、ほんの一握りなわけですよ。例えばパンクっていうムーブメントの時に残ったのは誰だって言ったら、The Sex PistolsがあってThe ClashがあってThe Jamがあって…。アメリカの方だったらTelevisionとかPatti Smithみたいな。マンチェスターだったらThe Stone Rosesみたいなね(笑)。●パティ・スミス以外は残ってないじゃないですか(笑)。
イシモト:残ってないのか(笑)。でも後世に語り継がれていくだけのものを記録しているよね。そういう作品を遺していった人達ではある。別に新しいメソッドやスタイルに影響を受けて、それで音楽を作るのも良いんだけど、自分が考えたのはスタイルとかメソッドと心中する気があるかどうかっていう事なんだよね。変化していくのもアーティストの所作だから、僕は全然いいと思うんですよ。Primal Screamとかも最初の頃はアルバムを出す毎に変わっていったじゃん。今はもうあらかたやり尽くしてゴチャゴチャに混ざってきてるけど、ああいうアルバム毎にどんどんスタイルを変えていくっていうのも、その変化が本気であるならカッコいいよね。あれがコロコロとブームに乗っかってるだけの変わり身だと面白くないと思う。●そこでpasadenaとしてはメソッドやスタイルじゃないところに行ったというのが、今回のアルバムの印象だったりするんですよ。それは本質的な部分の回帰っていうか。
イシモト:その本質っていうのは、人それぞれだと思うんだよね。ある人にとってはPC上でエディットする事が自分の表現の核だったりする人もいるし、ある人はギター1本で歌うことが自分の核だったりする。そういう意味では『One Point Five』をリリースしてからは、自分が一生付き合っていく音楽って何なんだみたいなことを考えていた時期ではあったよね。わりと僕も尻馬に乗っかってたからさ(笑)。“今、これがキテる”みたいな事が、何よりも大事な部分は自分にもあったからね。その反省を込めて、2ndアルバムとこの3rdアルバムの間っていうのは、そういうことは凄く考えたよね。●なるほど。
イシモト:僕にとってエレクトロニカの出現はすごく刺激的だったし、その方法論っていうのも自分にとっては新鮮だったけど…でも、自分はその方法論と心中するかって考えると、僕が音楽をやりたい根本にあるのはそういうことじゃないって事は凄く考えたんですよね。●それはすごくもっともな事だと思うんです。別に1stアルバムの『woody guthrie』(2004.6.9)を作ってる時とかは、“エレクトロニカと心中するぜ”とか思って作っているわけじゃないでしょうし。
イシモト:まあ『woody guthrie』の時は、ああいう手法が自分にとって楽しかったっていうのはあった。1人で何でも出来るみたいな感じも楽しかったし、音を変容させていくということも楽しかった。●やっぱり新しい音楽が生まれた時、その同時代に生きているなら先ずはそのスタイルやメソッドに惹かれる部分は大きいですよね。
イシモト:それを考えると、まず僕にとっては80年代頭のヒップホップの出現っていうのが大きかったんですよ。元々ある素材をぶっこ抜くっていう、サンプリングして再構築するっていう方法論だよね。でも、その方法論っていうのが権利関係の問題で消えていったわけじゃん。それから暫くテクノとかのエレクトロニックミュージックの興隆があって、90年代の中盤から新しいカットアップの手法が出てきた。Pro Toolsを使ってサウンドを編集したりデザインしていくっていう、新しい方法論が出てきたわけだよね。そこでエレクトロニカに自分がなんで反応したのかって考えてみると、方法論自体がヒップホップの最初の頃に近かったからだと思うんですよ。●ただし、今はそういうモードじゃないじゃないですよね?
イシモト:ヒップホップもポストロックのエディットも、素材があってそこから再構築するってことだからね。●今はむしろ、その元の素材を作るじゃないけど…。
イシモト:俺が素材になるくらいのさ(笑)。●うん、絶対そっちに意識が行ってますよね。
イシモト:そうだね。随分前に山下達郎がヒップホップについて“みんながサンプリングし出してネタが無くなったらどうするんだ”ってことを言っていて、彼は“俺はネタになる音楽をやる”って言ってたんだよ。もう、“うわぁ達郎、カッチョええ!!”って思ったんだけど(笑)。●なるほどね。その意識と通ずるのかどうか分からないんですけど…ヤノベケンジさんのプロデュースで横須賀美術館でライブをしたじゃないですか(2007年7月14日、横須賀美術館において現代美術家ヤノベケンジが制作した、全長7mにも及ぶ「ジャイアント・トらやん」の前で、pasadenaはライブを行った)。鋼鉄の巨大な「トらやん」は存在するだけでも相当なインパクトがあるわけだけど、それが火を噴き、身体を動かして踊るっていうパフォーマンスを観て、凄く新鮮な感じがしたんですよね。圧倒的な大きさと質感で、それで火も噴くっていう解りやすさに衝撃を受けた。あれは子供が観ても、大人が観ても同じ感覚を受けると思う。方法論や思索の以前にプリミティブなところでインパクトをもたらす感じっていうんですかね。それってイシモトさんが言っていた“音にこだわった”っていう所と通じるんじゃないですか?
イシモト:ヤノベさんのインタビューとかを読むと、今は遺すっていう事を考えてやってるっていう感じが凄くするんだよね。昔はチェルノブイリとかに行って、何も無くなった破壊された光景に何かがあるみたいな考え方をしてたと思うんですよ。だけど自分の子供が出来た頃から、何も無いって事だけを言ってちゃダメだなって思い始めたみたいなんです。それで自分の子供とかに何か伝えていくものをアーティストとしてやるってモードにシフトし始めたらしい。そこからトらやんっていう着想が出てきたっていうのを記事で読んだ事があったんだよね。それで僕も勝手に何か自分と近い感覚があるんじゃないかって思ったんだよ。何か比較対象があって、その上に成り立つ表現をしていくんじゃない。そういうのを全部ぶっ飛ばして、“俺は何がやりたいのか”っていうのを突き詰めていった感じがあるというかね。
- Newer: about "encontro"10000字インタビュー#3
- Older: about "encontro"10000字インタビュー#1